自宅を整理していたら、昔の佐渡のパンフレットがたくさん出てきました。
生まれ育った佐渡を離れてから時間が経ちますが、パンフレットをめくると、当時の空気や思い出が一気によみがえります。
今の佐渡がどうなっているのかは分かりませんが、「昔はこんな雰囲気だったなあ」という記録として、そして私自身の思い出として、少しずつ紹介していこうと思います。
・・・
今回ご紹介するのは、2011年(平成23年)に発行された、千石船の里・宿根木の「まちあるきマップ」です。

前回では、小木家さんでのブリカツ丼と杉浦太陽さんとの「遠目」の遭遇についてお話ししました。
その後、私たちが向かった宿根木で、まさかあんな至近距離での「二度目」の再会が待っているとは夢にも思っていませんでした。
本記事をお読みいただく際のご注意
※当ブログで紹介しているパンフレットや資料は、すべて私が個人的に保管していたものです。
※掲載している情報(メニュー・価格・サービス内容など)は、発行当時の内容であり、現在の状況とは異なる場合があります。最新の情報については、各店舗や公式発信をご確認ください。
※こちらは個人的な記録のため、店舗へのお問い合わせや詳細のご質問にはお答えできません。
ご了承ください。
駐車場での予感と、二度目の遭遇
宿根木の集落前にある駐車場に車を止めると、そこにはテレビ局の車が一台停まっていました。
「もしかして、さっきの……?」と淡い期待を抱きながら、散策を開始しました。
ブリカツ丼のテレビ取材と店員さんの手書きメモ|パンフレット紀行 File.03 | そら色の小ビン
公開民家「清九郎」の前に差し掛かると、案の定ロケの真っ最中。
夫(当時は彼氏)にも、ぜひ内部を見せてあげたかったのですが、残念ながらその時はロケの為に入ることができませんでした。
しかし、諦めて離れようとしたその時、中から杉浦太陽さんが出てこられたのです!
小木家さんで遠目にお見かけしてから、一時間ちょっとくらいとのこと。まさか一日に二度も、しかもこんなに近くでお会いできるなんて!
勇気を出して挨拶をさせていただくと、握手と写真の撮影に快く応じてくださいました。

テレビで拝見する姿も素敵ですが、生で見るとさらに爽やかでカッコよく、その優しい対応に私も夫も大感激。初めて芸能人に会った夫はしばらく興奮が冷めない様子でした。
人々の営みが息づく、宿根木の町並み
パンフレットのマップを手に、今も住民の方が大切に暮らしている静かな路地を歩きました。

・三角家(さんかくや): 狭い土地を最大限に活かした、宿根木の象徴的な建物。
・世捨て小路: かつては葬儀の際に必ず通ったという、歴史の重みを感じる石畳の路地。
・軒下飾り: 船大工たちの技術と遊び心が光る、セガイ造りの意匠。
あの迷路のような路地も、限られた土地を最大限に活かそうとした先人たちの知恵の結晶。
船を造る技術で家を建て、町を造る。そんな宿根木の歴史を知ると、ただ歩くだけでもその景色の深みがより一層増して感じられます。
この時見られなかった「清九郎」の内部には、翌年また宿根木を訪れて無事に夫に見せてあげることができました。その時のパンフレットや半券も、大切に保管してあります。
このパンフレットを見返すと、杉浦太陽さんの爽やかな笑顔と、静かな宿根木の石畳を歩いた時のひんやりとした空気、そして集落の中を流れる小さな川とそれにかかる小さな石橋…。ゆっくりとした時間が流れているようなあの場所を思い出してまた行きたくなります。
まとめと次回予告
地域の歴史と芸能人に触れることのできた忘れられない宿根木の一日でした。
その翌日、その頃は世界遺産登録に力を入れていた佐渡のメイン観光地、佐渡金山に行きました。
次回は『世界遺産登録前の佐渡金山 金塊と哀愁の鉱夫|File.05』です。
どうぞお楽しみに!


コメント