世界遺産登録前の佐渡金山 触れることのできた金塊と哀愁の鉱夫|File.05

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自宅を整理していたら、昔の佐渡のパンフレットがたくさん出てきました。

生まれ育った佐渡を離れてから時間が経ちますが、パンフレットをめくると、当時の空気や思い出が一気によみがえります。

今の佐渡がどうなっているのかは分かりませんが、「昔はこんな雰囲気だったなあ」という記録として、そして私自身の思い出として、少しずつ紹介していこうと思います。

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今回ご紹介するのは、佐渡最大の観光名所である史跡「 佐渡金山」のパンフレットです。

小木の宿根木を訪れた翌日、私たちは相川へと足を運びました。

歴史を感じて宿根木の町歩き 杉浦太陽さんと二度目の遭遇|パンフレット紀行 File.04 | そら色の小ビン

当時はまだ世界遺産に登録される前で今ほど観光客も多くなかったので、どこを歩いても驚くほどゆったりと自分たちのペースで観光することができた時代でした。

本記事をお読みいただく際のご注意

※当ブログで紹介しているパンフレットや資料は、すべて私が個人的に保管していたものです。

※掲載している情報(メニュー・価格・サービス内容など)は、発行当時の内容であり、現在の状況とは異なる場合があります。最新の情報については、各店舗や公式発信をご確認ください。

※こちらは個人的な記録のため、店舗へのお問い合わせや詳細のご質問にはお答えできません。

ご了承ください。

忘れられない あの鉱夫の独り言

「宗太夫坑(そうだゆうこう)」は、江戸時代初期の採掘風景を再現したコースで、ひんやりとした坑道の中で動くロボットたちが当時の様子を再現しています。

その中に、ひときわ哀愁を漂わせ、一度聞いたら忘れられないセリフを呟く人気の人形(鉱夫)がいます。

「酒が飲みてぇ。馴染みの女にも会いてぇなぁ……」

あまりに人間味あふれるその本音に、夫は釘付けに。

当時の佐渡金山の鉱夫たちは、大きく分けて3つの層の人々が働いていました。

  • 技術職(金掘・かなほり): 全国の鉱山から集まった「プロの職人」たち。賃金も高く、家族と住むことも許されていました。

  • 一般労働者(人足・にんそく): 仕事を求めて自らやってきた人たち。

  • 無宿人(むしゅくにん): 江戸などの都市部で戸籍を失い、行き場をなくした人々が捕らえられ佐渡へ送られました。彼らは主に坑内の排水作業(水替人足)という、最も過酷な場所で働かされていました。

哀愁漂う彼の身なりはボロ布を纏った水替人足ではなく、ノミを持って岩を削る「金掘(職人)」に近い姿をしています。

しかし、そのセリフからは自由な外出もままならず、何年も故郷や大切な人に会えていない切実さが伝わってきます。

江戸時代、佐渡金山は幕府の財政を支える巨大な産業拠点でしたが、その輝きは彼らの命がけの労働によって支えられていました。

「酒が飲みてぇ。馴染みの女にも会いてぇなぁ……」

鉱夫のこのセリフは単なる独り言ではなく、当時の人々の切実な心の叫びだったのかもしれませんね。

観光客が少なかったこともあり、私たちはその場に留まってセリフを3回じっくり聞いてから、ようやく次の展示へと進みました。

今でも「佐渡金山」と聞くと、このセリフが真っ先に頭に浮かぶ人も多いのではないでしょうか。

本物の「金塊」に挑んだあの日

坑道を出て、お土産売り場に繋がる展示室へ。

そこで私たちの目を引いたのは、透明なアクリル箱に収められた本物の金の延べ棒(金塊)でした。

アクリル箱に開いた穴から腕を通して直接触れることができるだけでなく、箱から取り出せたら記念品がもらえるという夢のようなチャレンジ!

私も挑戦しましたが、金の塊は想像を絶する重さで持ち上げることもできません。

一方、夫は持ち上げることはできたものの、金を握った手がどうしても穴から抜けず、チャレンジ失敗……!かなり惜しかったので悔しがっていました(^_^)

近年の金価格高騰により、今ではこのチャレンジもできなくなったと聞きます。

当時はこうした体験もゆったりと楽しむことができ、あの時の「金の重み」を肌で感じられたことは、今ではもう味わえない貴重な記憶となりました。

金山ならではのお土産と道遊の割れ戸

売店には様々なお土産が並び、金山限定のお菓子もあり、見ているだけでもワクワクします。

金粉がキラキラときれいな「金粉茶」や、豪華に金箔が貼り付けられた「金箔ソフトクリーム」など、金にまつわるキラキラしたスイーツも。

歴史を学んだあとの、少し贅沢な甘味は格別でしょう。


金山の宗太夫抗コースとお土産を買って帰る道中、パンフレットに写る「道遊の割戸」の雄大な姿が見られるスポットにも連れて行きました。

佐渡金山は、江戸時代の高度な手工業システムが評価され、2024年に世界文化遺産となりました。

江戸時代の採掘道具は今よりも全然優れていなかったのに手作業で山を掘り進めて割ったという執念が形となっているこの山は見る者を釘付けにし、佐渡金山のシンボルといって間違いないものです。

 

まとめと次回予告

13年前、あの山の割れ目を見上げて夫と感動したこと、そして金の重さに驚いたこと。

世界遺産となった今の華やかさも素晴らしいですが、あの静かで落ち着いた時間の中にあった「手ざわりのある記憶」を、このパンフレットは今も鮮明に伝えてくれます。

歴史の重みと、金塊の重みを同時に感じた、忘れられない佐渡金山の一日でした。

次回のパンフレット紀行は、先月、強風により崩落したとニュースになった佐渡市相川にある産業遺産、『崩落した佐渡の大間港トラス橋 ありし日の姿と歴史を記録に留める|File.06』力をご紹介します。

どうぞお楽しみに!

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