近年よく耳にする空き家問題。 私の住む地方でも、空き家をリノベーションして店舗や新しい交流の場に生まれ変わらせる取り組みを見聞きするようになりました。 古い建物に新しい命が吹き込まれ、街が明るくなっていく様子を見るたびに、応援したい気持ちが高まります。
そんな思いから、時々こうしたリノベーションされたお店を訪れるようになりました。 「元はどんな間取りで、どんなふうに使われていたんだろう?」 そんな想像を楽しみながら美味しいお料理を味わい、建物の個性をどう活かして生まれ変わらせたのか、その工夫に触れる時間と、自分たちの物件づくりのヒントを楽しみながら見つけていきたいです。 この記事が、誰かとお店をつなぐ小さなきっかけになれば嬉しいです。
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今回訪れたのは、長岡市摂田屋にある「江口だんご 摂田屋店」です。

ここは隣にある老舗醤油蔵「越のむらさき」の創業家が、大正5年(1916年)に建てた邸宅でした。
ブログをお読みいただく皆様へ
この記事は、私や一緒に出かけた人が、その場で感じたことや膨らませた想像を綴った個人的な「訪問記」です。
正確な情報を紹介するものではなく、あくまで私たちの主観による感想ですので、読み物として楽しんでいただければ幸いです。
なお、掲載している内容は訪問時のものです。最新の情報は、ぜひお店のHPやSNS等で直接ご確認の上、お出かけください。
また、個人的な記録のため、お店の詳細についてこちらで質問をいただきましても、お答えいたしかねますことをご了承ください。
閉ざされていた豪邸は 親しまれる「おだんご屋さん」に
Googleのストリートビューでこの場所の過去を見てみると、以前は敷地を囲んでいた「切石(きりいし)積み」の格式高い石垣がこの敷地をぐるりと囲っていて、その中はたくさんの植栽で家屋があまり見えない感じになっていました。
しかし店舗への再生にあたり駐車場の作成と入り口確保のために石垣の半分以上を解体したようです。

それでも部分的にあえて石垣を残してあるのは、ここがかつて閉ざされた「豪邸」であった歴史を大事にしているからなのかもしれません。
航空写真で過去と比較すると、かつて緑豊かな庭園だった場所の半分が、現在は広々とした駐車場になっています。


しかし店舗の前と裏には以前からの植栽が多く残されていて、春は桜が咲き、夏は避暑地のような緑の木陰となり、秋は紅葉が色づく四季の変化を楽しめるようになっていました。

また、喫茶スペースのある店舗から、LIS(昭和5年(1930年)に建築された蔵をリノベーションした、発酵とお酒のお店)まで雪国特有の雁木となっていて、雨や冬でも濡れることなく回遊できる工夫がされていました。
建物と家財の第二の人生
店内には、元の邸宅にあったと思われる古い箪笥などが飾られ、テーブルの上にも様々な美味しそうな商品が陳列されていて、かつての家具たちも今はお団子屋さん店舗の仲間として「第二の人生」を歩んでいました。
かつての居室部分はフローリングになっていましたが、廊下部分だけ違う木材が使われていました。まるで元々使用されていた木のような…。これがおそらく欅材なのでしょうね。

そして喫茶の席で目が行くのは新設されたテラス風の土間の席です。
室内のメインの喫茶の部屋より一段低く設計されているため、土間のテラス席にお客さんがいても室内にいる人の視線を遮ることなく、全員が庭園を眺められる工夫がされていました。
テラス席から見える庭部分はしっかりと残されていて、おそらく「越のむらさき」の創業家が愛した四季を感じられるこの庭の景色は、これからも多くの人の目を癒していくのでしょう。

時代の変化とともに変えていくところもあるけれど、所有者が変わったとしても、変わらないで継承していく部分があることがとても尊く感じます。
注文したもの
私は摂田屋おはぎセットで飲み物は温かい粕雪煎茶を選びました。
おはぎは越のむらさきの醤油が隠し味で、甘みを引き立てる上品な味わい。

先輩は摂田屋おだんごセットで飲み物は温かい粕雪ほうじ茶をセレクト。(写真を撮る前に食べようと下ので慌てて止めて写真を撮らせてもらったのですが、後から写真を見返したら箸がとても邪魔だった(;^ω^)w)

えぐち団子のお団子はできたてに召し上がるのが一番おすすめです。お餅が驚くほど柔らかくて一度食べたら忘れられないお味なのです。
箸休めになる野菜の漬物には同じく摂田屋の星野本店さんの糀が使われいると書いてありました。
そして『粕雪茶』というのはこの摂田屋にある蔵元「吉乃川」の酒粕を肥料に育てられた茶葉。
先輩は「このお茶が美味しいんだ」と、お湯をおかわりして多少薄まっても何度でも飲みたがるほどでした。
おはぎや漬物、お茶など発酵の町ならではのコラボ商品がとても粋です。
店内のポイント
存在感を消すために天井色に合わせた空調や、温かみのあるヤコブソンランプのペンダントライトなど、機能と情緒のバランスが絶妙です。

かつての床の間の部分にはソファが置かれ、側面の一面だけ鏡になっていて奥行きを出して圧迫感を軽減する工夫がされていました。
高価な材料を使って建てられて凝った装飾や貯蔵品もたくさん所有していたと思われますが、それらを目立せるような豪華絢爛さではなく、品質のよさと落ち着きを感じさせる内装となっていて居心地がよかったです。

建物のポイント
店舗正面の入り口の上にひっそりと「川上」の文字が残されていました。

調べたらこれは「懸魚(けぎょ)」といい日本建築の屋根破風に取り付けられる装飾板で、火除けのまじないと建築的機能を兼ね備えていることがわかりました。
名前の周囲には波と鳥の翼のような模様が掘られています。
波千鳥でしょうか?
「波(水)」の模様は、木造建築にとって最大の敵である火災から守るための「火除け」の象徴で、千鳥(ちどり)は「千を取る」という言葉遊びから、商売繁盛や目標を達成する縁起物としても親しまれているそうです。
そこに苗字をいれたのは家系への誇りとこの家を守り続けてほしいという願いがあったのかもしれませんね。

摂田屋のポテンシャル
入店したのは平日の午後でしたが、店内は賑わっていて、持ち帰りのお菓子を買いに来る人が後を絶ちません。


入店しなくても外でもその場で実演販売でお団子を焼いてその場で食べることもできます。
店内の広い喫茶スペースにも常に数グループのお客様ががいて、中には首からカメラを提げている観光客のグループもいました。
それらを見た不動産実務者の先輩と私は、
先輩: 「駐車場もこれだけ広くて賑わっている。この辺りに空き家を買って『民泊』にするのは、かなり現実的な投資だよね」
私: 「同感です!摂田屋のこの情緒ある街並みなら、需要は間違いなくありますね。いつか自分たちもこんな品のある再生ができたら……」
と、いう会話をしたのでした。
まとめ

110年前の大正時代に、あえて丈夫だけれど加工が難しく非常に高価な欅(けやき)を構造材に選んだという事実に、「越のむらさき」の創業家の「この家を末長く守り抜く」という強い覚悟があったのかもしれません。
第二次世界大戦でも戦火を免れ、中越地震に見舞われても建ち続けた強靭なこの家は、柔らかくて美味しいお団子のお店に受け継がれて、訪れる人の美味しい笑顔を生み出す場所になっていました。
ごちそうさまでした。
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今回建物の歴史を調べるにあたり、公的な資料を参考にしました。
・出典: 旧川上家住宅(江口だんご摂田屋店)|地域観光資源の多言語解説文データベース(国土交通省)
・出典: 地図・空中写真・地理調査 | 国土地理院


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